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スタッフ紹介

こどもやスタッフ ~ゆうこ~

2022.11.30




初めまして♪ ゆうこと申します!

2021年12月にこどもやのスタッフとして入社しました!

こどもたちが、様々な活動を通して、
発見したり驚いたり、ワクワクしたりする時の表情が大好きで、
そんな場面に立ち会えることが幸せ!!と、毎日楽しくレッスンに立たせて頂いております♪


前職は、保育所・幼稚園・こども園で担任の先生をしていました!
こどもの成長をサポートするお仕事にやりがいを感じている私ですが・・・
実は、小さい頃から、保育関係のお仕事を目指していたわけではなく!
高校卒業後は、歌手を目指して音楽活動をしていた時期もありました^^


ここまで読んで頂いて、興味を持ってくださった方がいらっしゃいましたら、
私のちょっと変わった生い立ちから、こどもやに入社するまでのストーリーを読んで頂けると幸いです♪

 

<生い立ち>

親の仕事の都合で、引っ越しが多かった幼少期。

埼玉(胎児期)→沖縄(帰省出産)→神奈川→沖縄→神奈川→沖縄と転々としていました。
保育園は4園、幼稚園1園、小学校3校、中学校2校通いました!

 繰り返す転校で、友達作りに必死だった小学生時代。

学校では辛いことがあったとしても、家に帰り、兄と一緒に音楽を聴いて、歌うことで元気になり、明日も頑張るぞ!
と前向きになれた思い出があります。
小学生の頃に、沖縄出身のアーティストSPEEDがデビューした時には、歌唱力とダンス、そして年齢に衝撃を受けました!
「年の近い人が歌手として活躍している!私も練習頑張ったらデビューできるかな・・・歌手になりたい!」
と夢を描き始めました。

しかし、転校ばかりで、習い事もずっと続けられるかわからない、経済的にもあまり豊かではなかったので、
親に「歌を習いたい」とは言えませんでした。

学校が変わる度に人見知りが増し、
「これでは、やりたいことがあっても、周りの目を気にして何もできない!自分を変えたい!」と思い、
高校受験の中学3年生、親に直談判!
「〇〇高校に行きたいから、その校区に家借りて、引っ越しさせて!」と頼み込み、交渉成立!
それから、塾を2ヶ所通わせてもらい、必死に勉強しました。
無事合格し、友達がいない環境に飛び込み、高校デビュー!笑

学級委員長に立候補したり、行事では、1番前に出てダンスをしたりと、やりたかったことができて、とても充実した日々を送りました。
高校入学して家庭環境の変化があり、経済的にはますます厳しくなりましたが、バイトを始めて働くことの楽しさを知り、自分で稼ぐことで自信がつき、小さい頃からの夢「歌手になりたい!」という気持ちを母に打ち明けました。

大学進学のために予備校も通わせてもらっていたので、母に大反対されましたが、
「歌手になりたい!自分の力を試してみたい!その夢を叶える為にこんなことをしたい!」
などと説明をすると、次第に母も応援してくれるようになりました。

卒業後はバイトで生計を立て、ボイトレに通いながら、県内のライブハウスで歌わせてもらう日々。
オーディションを何度か受けましたが、デビューには繋がりませんでした。

5年ほど活動し、夢に区切りをつけ、就職。
そこで、社会人としての知識や経験の無さを痛感し、今後の人生について考え直しました。

 

<保育の道へ進むきっかけ>

歌を活かせる仕事はないかと考えていた時に、保育士だった母のことを思い出し、
母の母校である保育系の短大に見学に行き、決意!
そこから社会人枠で受験し入学。

2年間で保育士・幼稚園教諭の資格を取得しました。
初めは「歌いたい!」から始まった保育の道でしたが、短大での幼児教育学の全てが、「へー!」の連続で、
「発達心理学」「教育原理」「社会福祉」など様々な教科があったのですが、
どの教科も全て興味深く、「こどもに関する学問って面白い!」
心の底から「学ぶって楽しい!!」と感じ、
一番前の席で前のめりで大学の授業を受けていました。

 

<保育士・幼稚園教諭として働いて>

短大卒業後、保育所、幼稚園、こども園にてクラス担任を7年。
2歳児クラス〜5歳児クラスまで、180人以上のこども達の担任をさせて頂きました。
私は、こどもたちにとって園が「安心できる場所」となるよう、
「こどもの心に寄り添うこと」を大切にして働いていました。
2歳児クラスの担任をしていた時に、保護者からかけて頂いた言葉がとても嬉しく、今でも思い出します。

「息子は、ゆうこ先生に会いたくて、自分で朝早く起きるようになったんですよ!
『ゆうこ先生いるかな〜?』と楽しみに保育園に行ってくれるから、心置きなく仕事ができます♪」とお話してくださいました。
本当に、嬉しかったです^^

日々、子どもたちと過ごす中で、笑いあり涙ありの、やりがいに満ちた“先生”というお仕事。

一生この仕事をすると思っていました!

 
<転職を決意するきっかけ>

結婚し、待ち望んだ第一子の妊娠をきっかけに、自分の将来と向き合うこととなります。
妊娠発覚後すぐに妊娠悪阻になり休職することとなったのですが、症状が落ち着いた頃に、少しずつ今後の人生について考え始めました。

働き方、子育て、お金やモノとの向き合い方など、自分はどうしたいのか考え、本を読んだり調べたり、ノートに想いを書き出す日々。

妊娠した時期が2020年、コロナウイルス感染拡大した時期でもあり、社会的にも大きな変化がありました。
「これからの時代を生き抜く為には何をする?どう働く?子どもには何をしてあげられるかな…?」
そんなことを考えていた時に、私のアンテナに引っかかったことが、
“モンテッソーリ教育”でした。

短大時代に幼児教育学を学ぶ中で、名前だけは知っていたものの、内容は知りませんでした。
調べているうちに、「大人がこどもに教え込むのではなく、こどもの力を信じて、自立に向かうこどもを手助けする」
というモンテッソーリ教育の考え方が、私のやりたかったことにとても近く、
復職しても「モンテッソーリ教育の考え方でこどもと関わりたい!」と思うようになりました。

そこで県内のモンテッソーリ教育を行なっている施設を調べているうちに
「こどもや」の存在を知ることとなります。

こどもや代表キノさんのこども達への想いや子育て感、柔軟なモンテッソーリ教育との付き合い方にも、感銘を受けました。
そして、社長のジョーさんはじめ、株式会社ふ々屋で働くスタッフのSNSでの発信を見て、
行動力や挑戦を恐れず前に進む姿勢、学び続ける姿、ママでありながら活き活きと働いている姿などを見て、
「ここで働きたい!自分の可能性を信じて、異なる環境に飛び込んでみたい!」
という気持ちになり、応募を決意しました。

地方公務員でもあったため、退職したら今のような生活ができるのか?と、
不安や迷いが全く無かったわけではありません。

しかし、「働く場所が変わるだけ。子ども達の成長をサポートする仕事ということには変わりない!
それなら、自己成長ができそうな“こどもや”で働いてみたい!」と思い、応募書類を書き始めました。

 

<こどもやで働いてみて>

幼稚園教諭時代は、こども30人を一人で担任していたこともあり、一人一人の興味に合わせた活動を、
その子のベストタイミングで用意することに難しさを感じていました。


こどもやでは、少人数制なので、一人一人の興味や関心、敏感期を捉えて、
そのお子様の「今やりたいこと」にぴったりの環境を用意することにコミットできます。



こどもやに来て、こども達が目を輝かせてお仕事を手に取り、繰り返し集中して取り組む姿を見ると、とても嬉しくなります。

こどもを取り巻く環境で、ここまで、こどもを観察し、今の興味を捉え、
環境を用意している「こどもやのような場所は他にはない!」と自信を持って言えます!!

 


<親にな
って

育休中は、社会から孤立している感もあり、こどもと二人で過ごす中で
、こどものために・・・と考えれば考えるほど、自分の気持ちを後回しにしていたこともあったと思います。
しかし、こどものためにと我慢をすることがこどもにとって幸せなのかと考えた結果、
「ママが人生を前向きに楽しんでいる姿を見せたい!」と強く思うようになりました。

ということで、今は全力でこどもやでのお仕事を楽しんでいます♪

そして、こどもやで学んだモンテの理論をこどもに実践することが趣味です^^



<最後に・・・>

私は、「子どもたちが未来に期待を持って生きられる社会」を作りたいです!
保護者の方と一緒に子育ての伴走をさせて頂きたいと思います!
私は、私の“今”を飛び越え、行動を起こしていきます! 

皆様、どうぞ、よろしくお願い致します♪